albatros blog

広田修の書評とエッセイ

矢部太郎『大家さんと僕 これから』

 

大家さんと僕 これから

大家さんと僕 これから

 

  芸人の漫画らしく、ボケと突っ込みというお笑いのロジックが堅持されている。僕が暮らす下宿の大家さんは80歳を超えていて、現代人の矢部と比べて距離感が近かったり、様々な感覚が異なっている。ちょっとしたことで伊勢丹の高級な贈り物をくれたり、すぐに戦争の記憶と結び付けたり、死に対して敏感だったり。そういうジェネレーションギャップを矢部は優しく笑いに変える。大家さんの現代風でない振る舞いがボケであり、矢部はそこにやさしく突っ込むのである。決して大家さんを馬鹿にするのではなく、齟齬を楽しむという具合の優しい笑いである。

 いたるところに矢部の優しいまなざしが透けて見える。絵のタッチからそうであるが、矢部がどれだけ世界や他者に対して柔らかなまなざしを向けているかがよくわかる。矢部にとって、大家さんは違和の対象ではなく優しく見守る対象であった。大家さんとのやり取りには豊饒な経験があった。そんなことをすごく感じさせる。