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広田修の書評とエッセイ

沢木耕太郎『深夜特急1』(新潮文庫)

 

深夜特急1?香港・マカオ? (新潮文庫)

深夜特急1?香港・マカオ? (新潮文庫)

 

  初めて行く街の情景や人々はとても新鮮である。「深夜特急」は、その旅の驚きをそのまま伝えてくる本である。まず、読者は作者がここまで鮮明な記憶を持っていることに驚くだろう。そして、鮮明な記憶を新鮮に定着させる文体の強度。簡潔にして鮮やかな文体は目を見張るものがある。ここには常に旅の興奮がある。そしてその興奮が持続している。この紀行文を貫く感情といったら、旅によって高揚した感情くらいのもので、それがずっと持続しているのである。

 ここには何ら哲学的な内省のようなものはない。ただ淡々と事実が列挙されていくだけであり、それに対するきちんとした批評はなされていない。だが、それが一層旅のリアリティを増すことになっている。旅をしている間中、そのたびについて内省するということは少ない。むしろ旅が終わってから内省が始まるのである。不要な内省を省いているところにも、旅のリアリティを感じさせる。