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広田修の書評とエッセイ

ハロルド・ピンター『温室/背信/家族の声』(ハヤカワ演劇文庫)

 

ハロルド・ピンター (1) 温室/背信/家族の声(ハヤカワ演劇文庫 23)

ハロルド・ピンター (1) 温室/背信/家族の声(ハヤカワ演劇文庫 23)

 

  ハロルド・ピンターの戯曲は、言葉というものの危うさを見事なまでに提示している。戯曲において語られた言葉は決して真実を語っているわけではないし、どれが真実でどれが虚偽かということも一義的には定まらないのである。言葉の危うさは、発する人物の社会的な地位に基づくかもしれないし、発する人物の置かれた状況に基づくかもしれない。

 「温室」において施設の最高責任者は、患者が出産したり死亡したりすることを秩序の乱れとして嘆く一方、終局では実はその出産と死亡は最高責任者に由来すると語られる。「家族の声」では、父母と息子の声が互いに矛盾し合い、どれが真実か判断停止させられる。

 言葉がその信用性を失う不条理な状況はこの日常にいくらでも潜んでいるのかもしれない。そのような恐怖とスリルを感じさせる優れた作品群だった。